モーラ拍リズム言語を母国語とする方々への手紙
言語リズムの違いは、モーラ拍リズム言語を母国語とする人にとってしばしば、とても厳しい直視し難い厳しい現実です。日本語のリズムは特殊 ─── 日本人にとっての海外世界の適応は、それまでの習慣を全て例外なく否定される理不尽を受け入れることから始まります。しかも、この巨大なハンデは日本語を母国語とする人だけに特有の問題でもあります。
そんな日本語を母国語とする人には、日本語を母国語とする人だけに特化した特殊な訓練が必要です。その訓練は、英語だけではなく日本語以外の全ての言語を習得する為に必要不可欠なことです。
この章は、日本語の特殊性が持つメカニズムと、日本語の特殊性を乗り越える為に必要な心構え、橋渡しする訓練を構築する理論と、その実践方法について御説明致します。
弱拍がなければ強拍もない
音楽には必ず、弱拍と強拍があります ─── しかしこの見解は、必ずしも正しくありません。何故なら日本の音楽には伝統的に強拍弱拍を持たないからです。 日本に公式に西洋音楽が導入されたのは明治時代だと言われていますが、それ以前にもキリスト教などの伝来と共に西洋音楽が日本に伝わっていたとも言われています。それ以前の日本の音楽には弱拍と強拍がなかったと考えられます。
日本人の感覚上に弱拍・強拍という概念がない ─── このことは現在の日本の音楽を観察することでも比較的簡単に確かめることができます。或いは簡単な実験を行うことでも確かめることが出来ます。
強拍弱拍という概念は時間の分割に深く根ざした概念です。誰かが定期的に手を叩いている時、その人と交互になるような位置に手を叩く為には、相手の叩いている拍の間隔を図りその中間点で手を叩く必要があります。これが時間の分割です。人間の叩く手の速さは一定でなく常に多少のぶれが生じます。よって相手が叩く手の位置を予想しながら自分の手を叩く位置を決める必要があります。自分が叩いた手の位置を認識し、次に相手が実際に手を叩いた時、それが自分の予想よりも早いか遅いかを瞬間的に判定し、自分が次に叩く手の位置を修正するという作業も必要になるでしょう。これも時間の分割 という作業全体に含まれる重要な1つの作業です。
日本語話者以外の人たちは、交互に手を叩くことがさほどの困難を伴わずにできます。しかし日本人がこれをやろうとすると、驚くほどの困難を伴います。時には数年、或いは数十年という長い年月を経ても出来ないことは決して稀ではありません ─── これは日本人が時間の分割という概念を持たない ということの証拠のひとつです。
次の図を御覧下さい。
この様に世界中の殆どの言語が、強拍(rime)よりも前に子音を配置する習慣を持っています。しかし日本語はこの点で非常に特殊な特徴として 強拍(rime) の後ろに子音を配置する習慣を持っています。よって子音のあるなしによって母音の位置が変化するという特徴を持っています。この母音位置の修正は日本人にとって完全な無意識下に行われており、母音の位置を修正していることを全く意識することが出来ません。そして強拍よりも前に起こる拍を無意識のうちに雑音として無視し、そこにある拍が存在することすら認識することが出来ないという非常に大きな特徴があるのです。
ここに ストレス拍・シラブル拍には、時間の分割という感覚が発音構造自体に含まれており、モーラ拍には時間の分割という感覚がなく、分割の代わりにトリガ(強拍)が聴こえたことをきっかけにしその一定時間後に継続して発音を繋げる『継続』という時間概念を持っているという仮説が成立します。
この仮説の正しさは、実際に日本人である我々が音楽を聴いて感じる勘違いを観察することで検証することが可能です。
例えば、次のビデオを見ると確認することが出来ます。
【日本人のリズムの盲点】映画ハイスクール・ミュージカルの音楽にはオフビートから始まるリズムが現れます。
— 岡敦/Ats🇯🇵 (@ats4u) May 25, 2023
日本人には1拍目表拍から文章を解釈しその前にある音を全て無視するという性質がある為、そこに音があることに気付きません。
その地点を見える化しました。#オフビートで思考する語学 pic.twitter.com/qpvR56b6tG
最初に「ウィル (we’re)」と言っている部分があります。しかしこれは弱拍位置に存在する為にモーラ拍リズム言語(日本語)を母国語とする人には認識できません。 ─── これも日本人が時間の分割という概念を持たない ことの証拠のひとつです。
次のビデオを見て下さい。マイケル・ジャクソンの有名曲です。
ママセイママサーママクサというのは、マイケルジャクソンのアルバム・スリラーの1曲目に収録されている Wanna Be Startin' Somethin' の後半部分に現れる有名なリフの歌詞です。 https://t.co/p6WtrMQLJO pic.twitter.com/N06WFGr8YX
— 岡敦/Ats🇯🇵 (@ats4u) April 14, 2023
モーラ拍リズム言語を母国語とする人は、しばしばこの曲の歌詞の「ママセイママサーマ・マークーサー」の最初の ママ の存在にしばしば気付きません。弱起位置に存在するからです。
この様な例はたくさん存在します。ジャズや・R&B・ヒップホップなどのアフリカ系アメリカ人の音楽ではほぼ全ての曲 にこのようなモーラ拍リズム言語を母国語とする人が聴き取れないリズム型が見つかります。モーラ拍リズム言語を母国語とする人には、数多くの聴き取れないリズム型が存在するのです。
カーペンターズの有名曲「スーパースター」のサビの歌詞 “You said you’d be coming back this way again, baby♪” という歌詞は、多くの単語が弱拍から始まっています。この様なリズムで歌われた歌詞は、ほとんど全て聞き漏らしてしまうという現象が起こります。
You said you'd be coming back this way again, baby♪
— 岡敦/Ats🇯🇵 (@ats4u) October 15, 2023
─── の部分が何度聴いても聴き取れない縦乗り脳な私。 全部オフビートから1つずつずれて単語が始まっている日本人が一番苦手なパターンがここにあります。#オフビートで思考する語学
Credit : https://t.co/1BfCPxCqqN pic.twitter.com/riVn1DdcHf
次のビデオは、モーラ拍リズム言語を母国語とする者が、聞き漏らしやすいリズム位置を字幕によって示したものです。
【日本人はオフビートが聴き取れない】 日本人が英語が聴き取れない理由は音楽のリズムの認識の違いと深い関係があります。
— 岡敦/Ats🇯🇵 (@ats4u) April 1, 2023
日本人がリズム上聴き取れない部位を見える化しました。#オフビートで思考する語学
Credit: Tape Machine の Boomerang Feauturing MIa Pfirrman
https://t.co/6GtW6DqEX4 pic.twitter.com/QzFHwUtoJm
これはラオ(タイ東北)の民謡です。ラオの民謡は234拍目で歌詞を歌う為、日本人は多くの拍を聞き漏らします。またしばしば、全ての拍を聞き漏らしているということ自体が認識できません。このことは拍数を数えながら音楽を聴くことで確認することが出来ます。
【タイ東北の民謡・モーラム】タイ東北方言(ラオ/イサーン語)を習得したことが、私のリズム開眼のきっかけになりました。
— 岡敦/Ats🇯🇵 (@ats4u) June 18, 2023
ラオ民謡はメロディーが全て弱起になっており、弱起のない部分がありません。日中韓と真逆のリズム構成になっています。
Credit :… pic.twitter.com/N8etpUVFY9
形容詞の原型・比較級・最上級を順番に読んでネイティブの幼稚園児に教えている英語の先生ですが、最上級の前に the を入れていることがわかります。 英語ネイティブの人は最上級の前に無意識の内に定冠詞 the を入れます。最上級を定冠詞なしで読むこと自体に違和感があるからです。だからこそ先生は the を入れて読んでいますが、これも日本人が聴き取れない弱拍位置にあるため、そこに拍があること自体に気付きません。
fat fatter fattest と暗記させられたが、最上級の前に the を入れろと言った先生を私の日本人の人生で一人も見た事がない。こんなに酷い間違いを堂々と全員やる国って何なのか。しかもやらないと成績が悪くなって社会に適応できなくなるし。 pic.twitter.com/zePi4c92s0
— 岡敦/Ats🇯🇵 (@ats4u) July 22, 2025
日本(モーラ拍リズム)の音楽は、西洋(ストレス拍リズム・シラブル拍リズム)の音楽と全く違うリズム構造を持っています。
予備運動なく動き始めるリズム。だんだん早くなるリズム。静から動に切り替わる呼吸。全てのリズム概念は、ストレス拍リズム・シラブル拍リズムの概念とは全く異なる概念によって成り立っています。
モーラ拍リズムを母語とする人がストレス拍・シラブル拍リズムの音楽を演奏するにあたって直面する問題は大きく3つあります
- モーラ拍リズムには認識できないリズムがある。
- 認識出来ないリズムがあるということ自体に気付くことが難しい。
- 認識出来ないものの存在を認識するということが根本的に難しい。
習得した後にも沢山の問題が起こります。
- 後天的にストレス拍リズム認識・シラブル拍リズム認識を習得しても、モーラ拍リズムに触れる(耳にしたり話したりする)と直ぐにモーラ拍リズムに感覚が戻ってしまう。
- モーラ拍リズムのモードに入っている状態から、ストレス拍シラブル拍リズムのモードに戻すことに困難がある。 ストレス拍シラブル拍を習得してもモーラ拍リズムを話している状態で瞬間的に切り替える事はとても難しい。
- 切り替えを習得した後にも問題がある。ストレス拍リズム・シラブル拍リズム のモードに切り替えた状態のまま日本で生活することに難しさがある。しばしば人間関係上で予期しない様な大きな問題を起こしてしまう。
弱拍が聴き取れない、そもそも聴き取れないという事自体に気付かない、そこに音があることすら認識が難しい ─── モーラ拍リズム言語を母国語とする者は、この状態でこの節以降を読み進めることになります。
認識していなかったものの存在を知ることには本質的にどうやっても避けられない強烈な衝撃があります。それは今まで当たり前の様に通り過ぎていた馴染の大通りのど真ん中に、実は大きな有名店があることに気付いた瞬間の様な衝撃です。
─── 毎日通っていたその場所にそれがあったことを知ったことに対するショック。それがあることに今まで気付かなかった自分自身に対するショック。そしてその有名店があることを実は自分以外の大勢が既に知っていたことに気付いた時のショック。更に、貴方がその存在に気付いていないことを、貴方以外の皆が実は既に知っていたことに気付いた時のショック。そしてその存在を誰も教えてくれなかったことに気付いた時のショック。
その衝撃がもたらす感情は必ずしも肯定的なものばかりではありません。それはしばしば強い否定的な感情を呼び起こします。人は、弱拍の存在に気付いた時、恥ずかしさや屈辱や怒りを感じたりします。
今までそこになかったものが忽然とそこに姿を表す。突如感覚上に現れる得体の知れないもののとの出会いは、いつも大きなドラマを巻き起こすものです。
この本を読んでいらっしゃる方もきっと必ず、この本を読み進めるなかで数多くの衝撃と出会い、経験したことのない感情が湧き上がってくると考えられます ─── しかしこれは誰もが通り過ぎる道でもあります。
しかし、この本ではこの謎の多い弱拍という存在と向き合う為の武器(理論・練習方法)を提供しています。貴方も、この本当のジャズの即興能力・本当のクラシック音楽の演奏能力・本当の意味での国際コミュニケーション能力を身につける才能が眠っているのです。 順を追って丁寧に取り組むことで、誰でも身につけることが可能です。
どうか諦めることなく、粘り強くこの節以降を読んで頂けましたら幸いです ─── きっと期待以上の成果を得ることが出来るでしょう。
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